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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)6978号 判決 1969年10月07日

原告 株式会社 中央企画

右代表者代表取締役 長岡義晴

右訴訟代理人弁護士 栗脇辰郎

被告 伊東巌

右訴訟代理人弁護士 松原徳満

主文

一、被告は原告に対し金二〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四三年七月六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四、本判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

(一)  被告は原告に対し金三、四二五、〇〇〇円およびこれに対する昭和四三年七月六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

二、被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求の原因

(一)  原告は、各種広告の代理業を営む会社であり、訴外伊東高明を昭和四二年二月一日経理担当社員として採用した。被告は、昭和四二年一一月二八日原告に対し、右高明のための身元保証をした。

(二)  原告は次のとおり右高明の不法行為によって合計金三、四二五、〇〇〇円の損害を受けた。

1、昭和四三年三月末頃原告保管中の電話債権(額面合計一二〇、〇〇〇円)を擅に持出し売却してその代金を費消した。

2、同年四月一八日原告が取引上の保証金として朝日放送株式会社東京支店に預託してあった山水電気株式会社株券五〇〇〇株を口実を設けて返還を受け、擅に入質、金六四五、〇〇〇円を借受けて費消し、原告は右同額の金員を右質屋に支払って右株券を取戻した。

3、同年五月六日から同月一五日までの間に、原告の小切手帳より小切手三枚を抜き取り、社長印を盗用し、左の原告振出名義小切手三通(金額合計二、六六〇、〇〇〇円)を偽造し、支払人に呈示して支払を受けて現金化してこれを費消した。

(1) 金額金六六〇、〇〇〇円、振出日昭和四三年五月六日、支払人三井銀行京橋支店。

(2) 金額金三〇〇、〇〇〇円、振出日昭和四三年五月一一日、支払人右に同じ。

(3) 金額金一、七〇〇、〇〇〇円、振出日昭和四三年五月一五日、支払人右に同じ。

(三)  よって原告は、被告に対し右損害金合計金三、四二五、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日たる昭和四三年七月六日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、請求原因に対する認否

請求原因事実は全部認める。

三、抗弁

(一)  本件身元保証契約は、原告が訴外伊東高明に金銭の取扱いをさせることを解除条件とするものであったが、原告は昭和四三年三月九日頃から右訴外人に金銭の取扱いをさせたので、その頃本件身元保証契約は失効したものである。したがって右同日以後である昭和四三年四月六日以降に発生した本件の損害金について、被告は損害賠償の責任はない。

(二)  仮にしからずとしても次の事情があるので、身元保証に関する法律第五条により被告には損害賠償の責任はない。

1、訴外伊東高明は、昭和二四年四月東京国税局職員となり同三四年五月同局を退職し、同三九年九月株式会社マルマンに入社し、同四二年一月同社を退社し、同年二月一日に原告会社に入社したのであるが、国税局を退職したのは競馬、麻雀等の賭事に凝り、友人および管轄内の店主から借財したからであり、マルマンを退社したのも集金した金二〇万円を使いこんだためであったところ、原告会社は右高明が以上の理由でマルマンを退社したことを入社後知っていた。

2、さらに右入社後間もなくして、原告会社社長長岡は、高明がベットハウスから通勤していることを知って被告に対し「世間体、他の社員に対する関係もあるから自宅から通うようにして貰えないか。」と頼み、被告および被告の妻はこれを承諾したのであるが、その際長岡社長に対しては、右高明が「これまで金銭のことで再三再四失敗を繰り返しているから、金銭を絶対取扱わせないでほしい、間違いを起しても自分達は貧乏で責任がもてないから厳重に監督してほしい。」旨申入れ、長岡社長もこれを諒承している。

3、そして昭和四二年一一月二七日被告が高明から懇願されて、高明を通じ原告に対して身元保証書を差入れた際にも、高明に対し「会社の金は一切扱うな、そのことを社長にも伝えるように。」と言ってあり、翌日被告の妻も身元保証書に添付する印鑑証明書を会社に持参した際、長岡社長に対し、再度「高明に金銭的なことはやらせないでほしい。」旨伝え、長岡社長はこれを諒承した上、「身元保証書は形式的なものであり、被告に責任をとれ、というようなことは言わないから心配することはない。」と言っていた。

4、ところで被告の右の申入れによって、原告会社は入社以来約一年間は高明に対し現金扱いは一切させず、支払一覧表の作成、元帳の記入整理等の計数的業務に従事させていたのであるが、現金扱いを担当していた職員が昭和四三年三月九日に退職した頃からは、金銭取扱や普通預金通帳の印鑑保管、預金の出納金庫の鍵保管をさせるに至った。

5、以上のように原告会社は、高明の入社前の経歴、素行、性格を知り、かつ、被告からも「金銭の取扱いをさせないでほしい。」旨の申入れがあったのであるから原告会社は、同人に金銭の取扱いをさせる以上厳重な監督をすべきであったに拘らずこれを怠り、かつ金銭を取扱わせるようになった旨を被告に通知しなかった。

四、抗弁に対する認否

(一)  (一)の事実は否認する。

(二)  (二)の1の事実中、訴外高明が東京国税局にもと勤務しており、後株式会社マルマンに入社し、使いこみのため退社した事実は認める。その余は争う。

(三)  (二)の2の事実中、長岡社長に対し被告主張の申入れがあり、これに対し社長が諒承したとの点は否認、その余は認める。

(四)  (二)の3は争う。

(五)  (二)の4は争う。当初から経理職員である以上ある程度の現金を取扱うことは避けられないのみならず、金庫の保管、預金の出納は当初からさせておったのである。

(六)  (二)の5は争う。本件損害の大部分は常時社長が保管していた印鑑を高明がちょっとした隙に盗み出し、小切手に押印して起ったものである。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、請求原因事実はすべて当事者間に争いがないところ、被告は、本件身元保証契約は身元本人に金銭を取扱わせることを解除条件とするものであった、と主張するのでこの点について判断することとし、身元保証契約締結前後の事情について検討する。

訴外伊東高明がもと東京国税局に勤務しており、これを退職した後株式会社マルマンに入社し、右マルマンを使いこみのために退社したことは当事者間に争いがなく、以上の争いのない事実と≪証拠省略≫を綜合すれば次の事実を認定することができる。

(一)  訴外伊東高明は賭事に凝り、借財ができて東京国税局で懲戒免職となったのであって、株式会社マルマンに勤務してからも同様賭事に凝ったことがもとで使いこみをするに至ったものであって、これがため被告および被告の妻は、息子である高明の右性癖を極度に警戒しており、原告会社に経理担当職員として入社後も、原告会社社長長岡義晴から当時ベットハウスから通勤していた高明を家に入れてくれるように頼まれた際にも長岡社長に対して金銭の取扱いはさせないでほしい旨申入れ、その後も一、二度同様の申入れを長岡社長にしていた。そして高明の給料も、賭事に走ることを防止するため、高明の妻、又は母親タケノが直接会社に赴いて受取っており、社長および専務もその事実を知悉していた。

(二)  長岡社長は、高明の入社後間もなく国税局や株式会社マルマンでの高明の行跡を知っていたが、右高明と旧知の間柄であったので、高明から身元保証書などは要求しなかったが、昭和四二年一一月になってタケノから家に帰らないから注意してくれと知らされて、父である被告の身元保証書を差入れるよう要求し、出し渋っているということをきいて、自ら被告に電話で身元保証をするよう申入れた。そこで身元保証書を差入れるに至ったのであるが、その後これに添付すべき印鑑証明書をタケノが持参した際にも前同様金銭を扱うような仕事をさせないで欲しいと長岡社長に申入れた。

以上のとおり認められ(る。)≪証拠判断省略≫しかして右の事実によれば、被告が訴外伊東高明の従前の行跡からして金銭を扱うような仕事につくことを非常に嫌っていたことは明らかであるが、≪証拠省略≫によれば、伊東高明は経理事務位しかやれる仕事のないことを被告家では知っていたことが認められるから、被告も伊東高明が経理担当職員として入社したことを知っていたものと推定されるので、右認定事実から金銭を扱う仕事をさせないようにすることを強く要望したといえるにしても、金銭を扱う仕事をすることを解除条件として身元保証をしたとの事実を認定することは困難である。≪証拠判断省略≫

二、しからば、被告は前記争いのない伊東高明のなした不法の所為により原告に与えた損害について身元保証の責に任ずべきところ、賠償の責任範囲を定めるについて斟酌すべき事情の有無を次に検討する。

前掲各証拠によれば、原告会社は以上のような事情によって、入社後約一年間は資金繰表の作成等帳簿に関する事務に従事させ、殆んど高明に金銭を取り扱わせなかったが、昭和四三年三月九日に金銭の取扱いを担当していた職員が退職した頃から、漸次原告会社は銀行との預金の取引、少額の現金の支出等の金銭を一人で取扱わせ、預金の出入を小切手控と照合するのも月一回位しかなさず、右のように金銭の取扱いをもさせるようにしたことを被告に通知しなかったことが認められ、右認定を左右することのできる証拠はない。

してみれば、前認定のように、原告会社は伊東高明の前記経歴、行跡を知り、かつ、被告および家族から金銭を扱わせないで欲しいという強い要望があったのであるから、伊東高明に対しては、原告会社としては一般の社員と異なり格別の注意をして厳に監督する必要があったのであるに拘らずこれを怠り、高明の不法な所為を誘発するに至ったものと認めざるを得ない。被告から前示強い要望のあった事実および弁論の全趣旨によって認められるところの被告がとりたてて資産があり多くの収入を得ているものではないことも考え合せれば、被告に対し金二〇〇、〇〇〇円の限度において身元保証人としての損害賠償の責任を負担せしめるをもって相当とする。よって右金員およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日たること記録上明らかな昭和四三年七月六日から右完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において本件請求を認容し、その余の原告の請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 綿引末男)

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